ブラタカモリ〜歩けば街が見えてくる〜 9

 廃道 探訪

廃道とは、外見上使用が放棄された道路及びこれを構成する橋などの遺構を指します。
新しい道路ができれば、古い道は使われなくなり、やがて廃道になります。
風景の一部になってしまい、普段は目も向かない廃道ですが、その跡はかつての地形や姿をとどめています。
ナビゲーター:松島 高根さん

町道中央線

1 胡麻目川の旧道

 昭和60年6月の町道中央線胡麻目川大橋完成に伴い廃道化したかつてのルートです。

手前の舗装部分と右のガードレールが旧ルートの名残。新設の中央線が旧ルートを寸断している
ここで道路は約5m。胡麻目川をΩ(オメガ)カーブで迂回している。右手が胡麻目大橋
胡麻目大橋北側から。右手の奥に延びる道が旧ルート

2 旧中央線の築堤

旧市田村と山吹村を結ぶ町道中央線は、高森町の誕生から3年半後の昭和35年(1960)12月に開通しました。山を削り、築堤や堀割工事を行い、それまでの曲がりくねった道をまっすぐに通す作業は、当時としては一大プロジェクトでした。 中央線の山吹・垣外(かいと)地籍では、新旧道路がクロスする築堤・堀割の様子がよくわかります。

南から北を望む。写真の下部が旧道で、かつては写真上部の築堤部(自販機の上)とつながっていた。
石垣が築かれた旧道。中央線(新道)により、先端部は寸断されている。両方向が寸断され道としての利用価値を失った典型的な廃道
北から南を望む。中央線を通すため堀割で寸断された旧道の築堤部がよくわかる

中央自動車道

1 山崎橋の旧道

大島山の山崎橋とその先の旧道は、中央自動車道が道の上を通るため道幅が狭くなり、車の通行ができなくなりました

右に入る細い道が旧道。左の道はその付替道路
昭和38年3月竣工の山崎橋。竹藪が押してきているが、かつては車も通行できた。道の先は中央自動車道にぶつかる
旧道の上を中央自動車道が走る。川をまたぐ橋脚のため、道幅は人が歩ける程度に狭まった

2 追分の廃道

山吹の追分橋から田沢集落にあがる町道田沢線途上に、中央自動車道開設に伴う廃道が残っています。

道下を中央道が走る
右が旧道(廃道)。左はその付替道路
石垣と舗装跡が道の名残を示している
東に延びていた道は中央道で寸断された

新しい「廃道」

1JR飯田線 跨線橋

山吹八日市場線、JR飯田線跨線橋の付替により、一部が廃道化しました。

右が本道。左の歩道になっている部分がかつてのメインルート
左のガードレールが現役時の名残

2 旧カヌーハウス横

下市田工業団地から出砂原のラウンドアバウトまでの道路が拡幅されました。これにより誕生した、もっとも新しい「廃道」です。

河川区域上の道路のため、ガードレールは付けられない。代わりにポストフレックスが並ぶ


左手部分が新しく生まれた「廃道」

こんなところにも

1広域農道 深山田橋北

広域農道の開設によりスポット的に生まれた廃道区間

2吉田第4会所横

会所(右手)前の広場のように見えるここは、中央道ができる前は道が通っていた

3高森カントリー内の廃道

右側の道(廃道)が高森カントリーの敷地内を通っている

車窓から……昭和47年以前のガードレール

昭和47年にガードレールの業界規格が統一されました。それ以前のガードレールはガード部が丸いものなど、現在と違う形が見られます。長年風雪にさらされ傷み色あせていますが、町内ではいくつかの箇所で昭和47年以前のガードレールがいまだ現役で活躍しています